その後の経過
1月23日に退院
退院後は一気に意識レベルが低下、側眠がちとなり、全身状態も悪化。
1月24日夕方呼吸状態が悪化、血圧が低下してきた為夫に(急変の可能性が高いのでお母さん
や妹さんにもお伝えてください)と話した。
同日夜遅く夫をはじめ家族や親戚に見守られながら永眠。
死後の処置を夫と一緒に行っている時、夫が(Sセンターに搬送された時にセンターのI先生に喝
を入れられた。家で見取りのか、病院にするのかをあなたがしっかり決めなくてどうするんだ。と
言われて決心がついた。)と話されていたのが印象に残っている。
考 察
J病院の相談員から始めて電話をもらってから、主治医もしっかり決まらないまま本人の強い希望
もあり 数日で退院。
退院の前日の夜、ご主人と母、妹とお会いしたが、まだ家族は治療ができると信じており、看取り
ということは考えられずにいた状況であった。私自身まだ本人にお会いした事がなく、(相談員から
はもう治療はできない状況というのは聞いていたが)どう判断したらよいのか迷いがあり、急変時
の対応や看取る場所の希望の確認までに至らなかった。24時間体制の主治医を希望との事で、
井尾クリニックを紹介させていただき、なるべく早く面接に行って、先生とよく相談して欲しいと話し
追々状況をみながら確認していけばと思った。
あとから思うと、この時がしっかりと話し合える最後のチャンスであったのに、43歳という女性の若さ
やご主人の必死さをみて、希望を持っている人達に、看取りの話をすることに躊躇してしまい、結果、
先延ばしにしてしまったところに甘さがあった。
実際本人が退院してくるとご主人は妻にほぼ24時間付きっきりであり、今後の話をご主人とする時
間はとれず(本人も寝ているようで聴いているので)、ご主人が実際本人を家で看て行くうちに生じ
たであろう心の変化をきちんと確認し、フォローすることができなかったため、あの日救急車を呼ん
でしまい搬送されてすぐ翌日にまた退院してくる、という本人にとっては体力の消耗の激しいであろ
う出来事を招いてしまった。この時はご主人というよりも一緒にいた妹さんがパニックになってしまっ
たということを後から聞いたが、家族の複雑な心境をもっと視野に入れ、急変時のことをご主人とよ
く話しあうべきであった。救急車で搬送され翌日退院してからはご主人も家族も覚悟を決め、家で
看取ることの決意ができたが、当の本人は搬送をきっかけに、一気に意識レベルもダウンし、家に
帰ってもご主人に抱かれてポータブルトイレにおりるのがやっとという状況になっていた。ターミナル
の方のこの1日のロスがどんなに体力に影響するのかを実感し、胸が痛んだ。
このKさんのケースを通じ、愛する人を近いうちに失わなければならない家族の苦悩と希望にすがり
たい気持ち、でもあきらめなければならない葛藤を目のあたりにし、そこにかかわって行く事の難し
さ、時には辛くても現実を見つめてもらわなければならないことを告げ、患者さん本人を混乱させない
為にもしっかりと心を一つにしなければならないことの大切さを学んだ。